プロフィール

主婦の私がPCに向かえた理由

私はOL時代から平行してwebデザインを学びつつ、現在16歳のわが子を
妊娠し、OL退職してからの17年間をネットビジネスに費やしてきました。

「子供産んでそんな時間、本当にあったの?」

と疑問に思う人もいらっしゃるかもしれませんので、初めてかと思いますが
少し、私の事を語ってみたいと思います。

母になった自覚がなかった私

わが子は乳児の頃、病気を持って生まれたため、生後半年から8ケ月で手術するまで
病院で生活をすることが多い子でした。
その後も3歳半まで通院で状態を見せに行かなければいけなかったので、
大きな病院に、退院したわが子を何度も連れて行かなければならず、
それはそれは、大変な生活でした。

でもこれは当時の私への『オマエは母になったんだぞ!』という神様からのお告げのような
気持ちになっていたので、当時は「大変」と嘆くよりも、しっかりと向き合っていく
事に必死になっていたので、その状況を素直に受け止めている自分がいました。

実は、6ケ月で発症するまで、私はOL時代のチャラチャラした自分が抜けず
決めた時間分のオムツとミルクだけを持ち、生まれたばかりのわが子を連れまわして
遊び歩いていました。

まだOLをしている友達の会社近くへランチに行ったり、平日のオシャレなカフェを
幼いわが子を連れて廻ったり。

「泣いたらミルク飲ませればいい」
「ママになったからとママに浸るような人生はイヤだ」
そんな風に思っていたのです。

それと、これまでOLをしていたため、平日の空いている都心部が私にとっては
快適だと思ってしまいました。

郊外の実家生活で1時間かけて有楽町の会社まで通っていた生活から、
10分電車に乗れば銀座に行ける生活へ。
しかも平日の真昼間から優雅にオシャレなカフェでお茶できる事に、
酔いしれていた私でした。
幸い健康な妊婦だったので特別「妊婦」という意識はなく、その意識は
出産してからも変わることなく、ただ自由に生きる事だけを優先するような
そんな思考で生活をしていました。

今思うと、田舎者の 浮かれポンチ 以外、何者でもありません。
出産しても、子供より自分優先の人生を歩もうとしていたのです。

賛否両論あったのは自覚していましたが、ママになったからと
「ママぶり」を全面的に出し、何かと子供のせいにして自分の時間を作らない
そんなママはダサイと思っていたのです。

その他人への批判心もあり、私は私を貫こう・・・・そう決めていました。

そこへきて、子供の発病でした。
遊んでいる暇などないくらい、病院と家の生活でした。
発病から手術するまでの2ケ月間、救急車だって何回呼んだ事でしょう。

1度入院すると10日間は入院となり、退院したら外来。
病気が重症だったために、そこからは薬と再発の戦いでした。

最後に再発した時、

『もう点滴じゃないと再発は防げません』
『手術が最善ですが、今は体内の炎症が残っているため炎症が収まるまで
点滴で生活してもらい、その後手術しましょう』

と告げられてからは1ケ月病院に入院することとなりました。
付き添わなくても良かったのですが、初めての子ですし、
やはり心配で私も付き添い入院をしたので、そこから約2ケ月(術後含め)
はずっと病院での生活となりました。

強制的に子供に向き合うしかない状況を与えられたのです。

付き添ったところで、わが子はまだ生後数ヶ月。
話せるわけではないですから、その病室でこれまでの自分自身と
真剣に向き合うことなり、そこでようやく「親になった」という自覚を
持つこととなりました。

術後の通院生活

手術は成功し、もう再発の心配はなくなったのですが、乳児期に手術をした子は
その後数年、外来通院をしなければなりませんでした。

大学病院ということもあり、「未来への協力」として、医療データを残すために
何度も検査をする事もありました。
(わが子が助けられたのですから仕方ない・・・という精神でした)

知らない方も多いと思うので、簡単に説明をしますと、子供が入院する小児病棟
というのは、滅菌状態ではないものの、必要以上な菌が入り込まないように
クリーンな空気に保たれています。

  • お見舞い時のお花は絶対にNG(菌が付着しているから)
  • 兄弟でも子供の入室はNG(子供は雑菌を付けている事が多いから)
  • 院内での感染系の病気が出た場合隔離(院内感染を防ぐ)

これは、守られているようで、実は免疫力を低下させる行為です。
人間は雑菌と共存してこそ、強く生きられるのに、その雑菌を
遮断する生活をするのですから、入院生活が長い子供はどんどん、
雑菌への抵抗力が落ちていくこととなり、風邪をひきやすい、
感染しやすい状況になっていきます。

これを知ったのは、退院後、あまりにも熱を出す機会が多かった
わが子へ「本当は免疫不全症なのではないか?」と担当医に聞いた事で
知りました。

医者は笑っていましたが、わが子は手術には至らない部分で、
他にも内臓疾患があったため、当時の私は「更に病気があるなら、先に教えてくれ」
という気分だったのです。

こんな理由から、手術して内臓疾患が直ったらからOKちおう事ではなく、
そこからは、外気の雑菌との闘いに変わりました。

外気でも感染しやすいのですから、大病院の外来なんて、わが子にしたら
菌をもらいにいくようなもので、インフルはもちろん、その他の感染系の病気も
予防接種を受ける前にかかってしまうような状況でした。
入院生活をしている子は、通常のペースで予防接種すらできませんからね。

こんな生活を、ほぼ誰の協力もなしに、一人でやっていた私が
なぜ、PC生活ができたのか。

理由は簡単。

家で子供が寝込んでいる事が多かったから。

です。特にわが子は、40度以上の高熱を出すタイプで
発熱中、微動だにしないくらい寝続けるのです。
毎回、初日に熱性けいれんを起こすのが怖かったですが
脳の検査もしており、異常がないとわかっていたので、
その点の心配はなかったのですが、とはいえ、やはり痙攣は
慣れる事がなく慌てましたが、それ以外は、ずっと寝続ける子でした。
ミルクや小児用ポカリは寝ながら吸う感じでした。

手術後から1ケ月間、お腹から管が出ていたため、
身体を固定されていたわが子です。
当然、筋力も落ち、1歳なのにお座りをする事もできなくなっており
すべては、発病前の乳児に戻っていた感じです。

筋力はみるみる戻っていきましたが、菌への抵抗力は、医者曰く

「風邪ひいて強くなっていくしかない」

という状況でしたので、この生活は子供の成長としてはやむを得ない状態でした。

筋力が戻るまでは、私が抱いているか、あぐら状態にしてその上で寝かせる
のがちょうど良い状況でしたので、当時、和室で座椅子でPCをしていた
わが家の環境では、わが子を自分の足の上で寝かせながら、PCに向かう事が可能で
しょっちゅう寝込んでいたわが子の生活が、私のPC時間となっていったのです。

夜驚症 という激しい夜泣きが3歳半まで

病弱なわが子でしたが、少しずつ、風邪をひかない期間が延びていきました。
医者から言われていた

『熱があっても、雨でも苦しんでなければ、5分でも外気吸わせなさい』
『元気な日は毎日太陽を浴びせなさい』

を忠実に守り、暑くて出たくない日でも少しでも太陽を浴びさせ、
とにかく「普通に元気になるように」と200%くらい子供中心の生活に切り替えて
子育てをしていました。

ただ1つ、やはり普通の子とは違う面がありました。
ずっと夜泣きがなくならないのです。

毎日、数時間おきに、叫ぶような夜泣きと、暴れまわる夜泣き。
夜驚症という状態にあてはまる症状で、毎晩、熟睡などできない状態でした。

これを経験しない人は、あーでもない、こーでもない・・・というのですが
何をしてもこの状況は変わりませんでした。

だんだん言葉を話すようになると、私たちの目には見えないモノを
口にする事が多くなったのですが「何かに襲われている」そう感じさせるような
叫び声をあげ、数時間毎に泣き叫びました。

こうなると、抱く事もできないくらい、暴れます。
もしかすると、乳児期のいろいろな検査や、点滴や採血、注射などの処置で
看護師さんに羽交い絞めにされていましたので(針が折れないようにするには仕方ない)
そういう事も関係していたかもしれません。

一度、処置室で羽交い絞めにされている姿(わが子は泣き叫んで暴れていた)
がカーテン越しにチラっと見えてしまった事があるのですが、夜泣きはそれに
近いものがありました。

何が原因かわかりませんが、毎晩こんな状態ですから、私もぐっすり寝よう
だなんて思う気もなく、特に激しかった、子供が寝就いてから夜中の2時過ぎ
までは起きて構えているような生活に変わっていきました。

これが新たなPC生活のスタイルとなりました。
夫は転職したばかりで、接待や出張、上司(私の親・・・)と共に行動する事が
多かったですから、母子家庭みたいな状態で、こんな激しい子育てをしていくには
「寝ない」そう選択するしかなく、その空いた時間を埋めるように、
私はPCに向かっていました。

通常のママとは違う子育てでした。
どの家庭も子育ては大変かと思いますが、一般的に見て、私の子育ては
「ラク」ではありませんでした。

でもこんな状況だったからこそ、働きに出る事もできず、転職したてで給料が安かった
家計を支えるには「家で稼げる何かを身につけるしかない」という思考回路しか
私にはなかったので、どんなにダメ生徒扱いされてなかなか結果が出せなくても、
塾スタッフから怒られても、諦める事ができませんでした。

子供がいるから・・・は理由にならない

思えば、こんな状況の時も、Bさんは私に「自分だけ大変と思うな」というような事を
私に向かっていってきました。

親と同居していて、手助けしてくれる人がいっぱいいるBさん。
夜泣きもなく、特別な健康状態がない子育てをしている自分を「幸せ」と思うのではなく
「手がかからな過ぎて心配」と言って、私に対抗心をむき出しにして
「私だって大変だ!自分だけ大変と思うな!」みたいな事を言うような人でした。

私の子育てが大変だったかどうかは、読んでくださった人の判断にお任せしますが
私がお伝えしたいことは、「私大変でした」という主張ではなく、

子供がいることを理由に「できない」とするのは、子供にとって失礼な発言

と思う・・・ということです。

  • 時間がないなら、睡眠時間削ればいいのではないでしょうか?
  • TV見る時間、必要ですか?
  • 自分の休暇を考える必要ありますか?

すごくストイックな発言かもしれませんが、これを一生続けろ・・・
ということではありません。
長い人生のうち、そんな時間があっても仕方ないじゃないですか?
その覚悟を持って、取り組めば、何事もできない事なんてないのではないですか?

という考えもあるって事を少しでも認識してもらえたら、
「変わりたいけど私にはムリです」という発言がなくなるのではないかな?
と思います。

自己主張ばかりして、ちょっとした事で「私ってスゴイでしょ?」と
自己満足を披露するようなBさんでいたいですか?

自分を認めさせるために、いつも誰かと自分を比較するようなBさんは
本当は、何も自分に自信がない証拠と私は思っています。

本当は私とは全く関係ないBさんの特技があり、
そこを糧に自信を持てばいいのに、それすらも私や誰かと比較して
その弱さをわざと強く出して、「私、スゴイでしょ?」と強引に認めさせる。

私はBさんを全く尊敬できないのは、こうして常に「自分がない」からです。

「私、すごいでしょ」
「私、ワガママなんです」
「私を認めてよ」
「私を受け入れてよ」
「私、スゴイ人ですから」

なんて自分で主張しなくても、自分が自分を信じて貫けば、他人なんて
関係ありません。
子供も環境も関係ありません。
誰でも可能性はあるんですよ。覚悟さえ持てば・・・・。

今回は「何故私がPCに向かえたか」というお話しですが、
私の体験から、何か気づきを得て、自分に合った、自分に相応しい
時間の使い方を見つけ出して、チャレンジしてみる・・・。
あるいは、「チャレンジしてみよう」という気持ちだけ持ってみる・・・。

そんなキッカケになって頂けたらなぁと思います。
ご相談はいつでも伺いますよ。

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